遊戯王世界における死の受容~「死者の魂は現世にとどまってはならない」とは誰に向けられた言葉なのか~

遊☆戯☆王の原作者である高橋和希先生が亡くなられました。
ご冥福をお祈りします。

さてこの記事は元々漠然と書いていただけのオタク語り・テキストを整形したものにすぎず、いわば野次馬イナゴ記事なのでご注意ください。(特にありがたみのある事は記されていません)
高橋先生の死に関して、正直現実の事柄として受け入れられないまま「ご冥福をお祈りします」と一通りのツイートをしようとした時、私の脳裏に「死者の魂は現世にとどまってはならない」という原作のセリフが浮かんで思い出したものです。

死者の魂は現世にとどまってはならない

遊戯王という漫画の最終的なゴールは現世に復活した「ファラオ*1の魂を冥界に帰す」事にあるのですが、同時に「王の魂は剣を携えては旅立てない」という掟から、誰かが最強の決闘王である彼を倒さねばならず、そのため武藤遊戯*2が王と戦い、旅立たせる事で物語の幕を閉じる…という展開になっています。

「死者の魂は現世にとどまってはならない」というフレーズはその際に出たものであり、闇遊戯が最後に切り札として使用した《死者蘇生》*3のカードを、「自らも同じカードを手放す」という条件のもとで相手のカードを無効化する《封印の黄金櫃》というカードで無効化*4する場面において、その「《死者蘇生》の無効化」という行為に込められたメッセージとして語られました。

闇遊戯ことアテムと器である武藤遊戯*5一蓮托生の相棒、親友であり、また他の遊戯の友人たちともアテムは友人です。
遊戯も、仲間たちも、できる事ならアテムに旅立ってほしくない。
しかし旅立たせねばならない。

そこで遊戯は断腸の思いで彼の最後の勝ち筋である《死者蘇生》の魔法を無効化し、引導を渡したのです。

理屈では遊戯はアテムを旅立たせないために負けることだってできたのですが、決闘者として、「もう一人」である自分の使命として、また友情のために、勝つことを選んだ。すなわち死者が生者として現世に留まる事死者蘇生を無効とした。
これはつまり「王を冥界へと旅立たせることを選んだ」という事であり、「死者の魂は現世にとどまってはならない」とは、文字通りの「死者が現世にいてはならない」という意味よりもむしろ「生者は死者を望んではならない」という意味なのではないかなと感じます。

生者は死者を望んではならない

実は遊戯王のボスキャラは割と「死者の魂を現世に留めたがる」人が多いです。というよりも死者の魂を現世に留めたがるとボスキャラになってしまうようなところがあります。
王国編でのペガサス、劇場版での海馬、外伝ですがRの夜行なんかは皆「死者の魂を呼び戻そうとしている」人達ですね。*6*7

死者を求めるボスキャラクター達

シンディアを求めるペガサス

王国編のラスボスであるペガサスの作中の行動は全て婚約者シンディアの死に端を発しており、
彼がマジック&ウィザーズ*8を生み出したのはエジプトでの死生観にシンディアの死に対する救いを求め、そこで「魔物を石板に封じる儀式」にヒントを得たからですし、
千年眼ミレニアム・アイを得られたのは千年眼の試練を乗り越える事でどんな願いでも叶うと唆されたから*9*10ですし、
また王国編の発端となった海馬コーポレーションの乗っ取りにしても、海馬コーポレーションが有するソリッドビジョンのシステムによってシンディアの姿を蘇らせることができると考えたからです。
彼は象徴的なカードであるトゥーンワールドの発動に際し、大好きなカートゥーンアニメのキャラクターについてこんな事を言っています。

今でも彼らはずーっと私の心の箱庭で元気にかけ回っているのデース!
彼らは私を裏切らない…永遠に死ぬことは無い… 
……そんな世界に――――これからユーを招待しましょう…
私のカードは、トゥーンワールド!

トゥーンはどんな攻撃も寄せ付けない 
トゥーンは完全なる生命体を意味するのデース!


現実の生命は不完全で、死という形で裏切る。
これは彼が婚約者の死を未だに受容できておらず、死なない物を求めているという事ですね。
勝手に死ぬなんて酷い。

アテムを求める海馬

劇場版の大ボスである海馬瀬人の活動も「自分の知らない場所で勝手にアテムが冥界に帰ってしまった(=死んでしまった)」事に由来し、なんとしてもアテムと決着をつけたい海馬はアテムを現世に再度呼び戻すべく千年パズルを発掘するなど暗躍(?)します。

遊戯…いやアテムを葬らなければならなかったのはオレ自身だった。
それを果たせなかったオレの意識には、今も奴の亡霊が彷徨い続ける…。

…認めん…!
認めんぞ遊戯…!

断じて俺は…!
俺は貴様を倒し、王の魂を降臨させる!
手札のマジックカードを墓地に送り、発動する!
俺が発動するのは貴様に渡されたこのカード!死者蘇生だ!
霊界の扉を突き破り!今こそ蘇れ!

これで貴様の負けだぁ!



海馬のアテム復活へのこだわりは極めて強く、藍神との決闘では「アテムに辿り着けない」事を拒むあまり葬祭殿の記憶*11にアクセスして神のカード《オベリスク巨神兵》をシャイニングドローして敗北必至の盤面をひっくり返していますし、
遊戯との決闘では終盤既に王の復活は不可能だと告げられて激高、《魔導契約の扉》の効果で手に入れた遊戯の《死者蘇生》を使用してしまい*12、結局それが命取りとなって(実質)敗北すらしています。
この時海馬は《高速詠唱》のカードを介して遊戯のターン中に《死者蘇生》を発動したのですが、ゲーム的な話をすると本来あの盤面において海馬が遊戯のターン中に《死者蘇生》を使うメリットは特に無く、また神の視点から言っても遊戯のバトルフェイズ終了後自分のターンが来るのを待って普通に《死者蘇生》を手札から発動すれば勝ちの目はあったので、あの場面での《死者蘇生》は全く意味のない行為*13であり、
つまりあれはただ遊戯の言葉を否定するためだけの行為、叫びなのだと言えるでしょう。
そもそも遊戯の言った「王の復活は不可能」が真実なら死者蘇生が通って遊戯を倒せたところでその事実は変わらず、決闘を続ける意味すらなくなる*14わけですから、あそこで強引に勝ちに行ったのは「まだこの決闘に意味があるという事にしたい、この決闘が無意味であるなどという事があってはならない」という思いの表れで、すなわちあの時海馬にあったのはアテムの死を受容する事に対する拒絶だけです。

元々海馬には「自らを苦しめた養父、海馬剛三郎に長年かけて復讐したかったのに、剛三郎の方は瀬人に対する敗北を認めたまま潔く身を投げて死んでしまったため復讐心の行き場が無くなってあのような滅茶苦茶な人格が形成された」という設定があり、原作者の高橋先生にも「敵がいなければ生きられない男」と評されていました。
作中ではそれがアテムですが、そもそも海馬瀬人という人間には敵が必要なのです。

ペガサスを求める夜行達

外伝であるRにおいても、王国編のラストで死んでしまった*15ペガサスを取り戻すオカルト計画のために、ペガサスの養子であるペガサスミニオン達海馬コーポレーションを乗っ取ったり、なんかデュエルエナジー的な奴を集めたりしていました。
まあラスボスである夜行のテーマはどちらかというと双子の兄へのコンプレックスとそれを介した二人の遊戯への問いかけなので、彼らのペガサス様への執着に関しては同じペガサスミニオンのデプレくんとリッチーくんの台詞を引いてきましょう。(根底は同じです)

いやだぁぁ…
キサマなんぞにィィ…
オレには…オレ達には…ペガサス様しかいないんだよぉお…

キサマさえいなければ…
オレ達の前からペガサス様が…いなくなることはなかったんだ……
オレは…もう一度ペガサス様に出会うことを…願って…
う…あああ…

あいつ…いやペガサス様のもとで育ったオレ達にとって
ペガサス様は太陽みたいなモンだったからな…
それ無しじゃ生きてられねーんだよ!

違うね!ペガサス様の居ない世界なんて意味ねーんだよ!!
奪われた大切な人を取り戻す!
ただそれだけだ!!

キサマの「パーフェクト」はすでに過去のモノだという事を教えてやるぜ!
そして次はオレがペガサス様に「パーフェクト・デュエリスト」の称号を頂くのさ!!

これでも一部ですが、まあ彼らの行動原理はわかるでしょう。
ペガサス様が必要で価値基準もペガサス様にあるからとにかくペガサス様を取り戻す。
非道な計画について同じミニオンからの「そんな事…ペガサス様は許されない」という糾弾を受けての「どうかな!それもペガサス様に聞けばいいさ!」という凄まじい台詞もあります。

死への拒絶

勝手に死ぬなんて酷い。死んだなんて受け入れない、敵としていて貰わないと困る。とにかく必要だから取り戻す。
彼らに共通するのは「重要な人の死に対する拒絶」です。
何がどうでも取り返す、腕を掴んで引きずり戻す。自分に必要だから。
その時彼らには、周囲への迷惑どころか、当人の冥福に思いを馳せる余裕すらありません。
掴んだ手を放して逝かせてやるという考えはない。
ただ「欲しい」から手に入れる。それだけ。
ペガサスとか天国でシンディアと再会してるらしいんでマジいい迷惑なんですけどね。

死の受容

記憶編の終盤、海馬瀬人の前世である神官セトと、章ボスである闇の大神官との間で興味深い問答があります。
セトは幼い頃に父を戦で失ったもののアクナディンという神官に引き取られて成長し、記憶編開始時点ではファラオ直属の神官だったのですが、
王宮を攻撃してきた闇の大神官の正体はその恩師アクナディンであり、さらにアクナディンは先王アクナムカノンの弟にしてセトの死んだはずの実父だというのです。
アクナディンは王家の血を引きながら王となれず消えていく己の身を呪い、また己が王家の血を引く事すら知らずアテムの配下の神官として終わるセトの運命を不満に思っていました。(ペガサスがシンディアの幻と束の間の再開をした千年眼の試練においても、アクナディンの願いは「息子を王にしてみせよ」だった程です)
闇の大神官はセトに言います。
「お前を王にしてやる、その女を殺してその身に宿る精霊*16を抽出すればお前は王になれる」…と。
しかしセトは最初から己の運命に不満を持っていませんでした。
セトは父を失った己を育て、哲学や道徳を教えてくれた「神官アクナディン」を心から尊敬しており、彼の後継者として生きていく運命に誇りを感じていたからです。

また同時に「その女」ことキサラはセトにとっては愛情に値する相手であり、手にかけるなんてもっての外です。*17
己が王となる事が亡くしたはずの実父の望みであり、尊敬していたアクナディンの真の望みであるという事を突き付けられたセトは苦悩の末にこう答えます。

…私の…誇り高き父は…はるか昔…戦場で…勇敢に命を散らせたのだ…


セトは亡霊のような実父アクナディンや闇の大神官ではなく、尊敬する「神官アクナディン」と「誇り高き父」を選んだのです。
神官アクナディンはもういない(闇の大神官に成り下がってしまった)し、戦場に散った誇り高き父は別に戦場に散ってなくて普通に目の前にいる*18し、セトは感情的には「アクナディン様」の意に従いたい*19のですが、それでも自分は「神官アクナディン」に与えられた道徳や哲学に従って生きる。
要はいなくなった人の面影探しをしないという話で、セトの精神は極めて高い自立・独立性を持っていると言えるわけです。*20
これは逆に言えば、ボスキャラとしてのペガサスや海馬や夜行は既にいない死者に依存していて、精神的に自立していないという事にもなるでしょう。だから死者を求めてしまった。
シンディアも遊戯もペガサスも別に死にたくて死んだわけじゃなくて、旅立つ時が来たから旅立っただけなんですが*21*22、ペガサスは裏切りと捉えてしまうし、海馬は許さんとか認めんとか言い出すし、ペガサスミニオンもペガサス様が必要なんだよと泣き出す。
そのまま死んでいることを許さない。

しかし遊戯王という漫画における正解としては、やはりどこかで引導を渡して、死人を死なせてあげなければならないわけです。(死者を呼び戻そうとする行為は全て狂気として扱われ、それを望んだ者は全員敗北しています)
亡くなってしまった人はもう現世にはいないのだから、いなくてもやっていかなければならない。
「死者の魂は現世にとどまってはならない」とは死者にかかる言葉ではなく、むしろ周囲の人が「死を受容する」事であり、
それは「残される者が死者に対してそのままの死を許す」事なのではないかなと思います。
つまり依存からの脱却、尊敬する人からの自立こそが真意なのではないでしょうか。
「その人の居なくなった自分」を受け入れよ、と。
まあ海馬はなんか浄化された風な感じ出した後で今度は自分で冥界目指してたけど…。

終わりに

なんか当初の想定と反して殊勝な事を書いてしましましたが、あくまで原作の解釈文書であり、やっぱり辛いです。
「嘘だろ」とか「そんなのありかよ」と思う度に「死者の魂は現世にとどまってはならない」という答えは木霊のように戻ってくるのですが、やっぱりそんな簡単に受容できません。
あんな亡くなり方は無いですし、高橋先生が現実の自らの死についてそのように捉えることを望んでいたか望んでいなかったかもわからないわけですし。
「カズキングは天才だから10年後くらいにまた映画とかやってくれちゃうんでしょ?」「またインスタグラムですごいイラストとかモンスター見せてくれるんでしょ?」とか軽々しく思ってた部分があったのですが、もうそうした可能性は永遠に無いと思うとやはり受け入れ難いものがあります。
しかし量子キューブを持たない私は受容するより他に無い。


*1:いわゆる闇遊戯

*2:いわゆる表遊戯・器の遊戯

*3:文字通り一匹のモンスターを復活させるカード。基本的にどんな最強モンスターでもポンと場に出せるためめちゃんこ強く、数々のデュエルで決まり手となった。

*4:OCGで言う所の抹殺の指名者の挙動に近いですね

*5:千年パズルを介して同じ肉体を共有しているというのもありますが

*6:あと地味な所ではBC編での海馬も故人である養父剛三郎を殺し切れてないですね。こいつ死者の魂留めたがりすぎだろ。

*7:少しずれますがTRPG編のバクラ・闇の大神官も自らの死を認める事ができずに彷徨い出た亡霊としての側面を持っています。

*8:いわゆる遊戯王カードとかデュエルモンスターズ。原作ではこういう名前。

*9:まあそれが無くても試練自体は強制されましたが

*10:ペガサスはシンディアとの再会を願い、一瞬だけ叶えられました

*11:集合意識的なアレ。劇場版での海馬のカードは半実体化(?)させた情報でできている。

*12:公式で本来海馬は罠を警戒し渡された死者蘇生を使うような人物ではない

*13:そもそもドローフェイズで下級モンスターを引けた場合はそれでつつくだけで勝てたので高速詠唱云々以前に《死者蘇生》の発動そのものが完全に無意味な可能性すらある

*14:決闘や勝利そのものにも意味がなくなる

*15:バクラによって殺害された

*16:後のブルーアイズホワイトドラゴンなのでめっちゃ強い。当時は白き龍と呼ばれていた。

*17:まあ最初はやろうとしてたけどな

*18:結果「死んだ誇り高き父」という神話は死んではいます。ややこしいな…

*19:=父を喜ばせる息子でありたいと思っている

*20:まあ遊戯王ではこういう選択できる人って大体洗脳されちゃうのでセトも洗脳されてアテムと戦うのですが…

*21:戦いの儀も別に旅立つために受けたわけじゃなくてアテムは普通に勝って現世に残る気でした

*22:剛三郎は自殺だけど