全ての戦いを勇者のためにせよ

今更ながら勇者アバン29話の感想です。(単行本派でVジャンは買ってないので次回が読めるのがだいぶ先になってしまい悲しい)(と思ったら今回から電子版が出るらしくてハッピー!)

らしくない

…らしくない
ハドラーはここぞという戦いには自ら前線に赴くことが多かった
それが夜に紛れての闇討ちに咥え
配下の数に物を言わせた奇襲…奴の性格に合わない戦い方だ

やはり今回はハドラーの精神的後退が非常に辛い展開でしたね。
本編のバーンパレスでアバン先生が

あのハドラーもかつては残酷な男でした
人間たちにひどい事をしました
でも彼はまだ自分の手でそれを行っていた!
私と戦う時にも常に自ら戦線に赴いてきたものです…!
だが!あなたは明らかにそれ以下!
自らの手を汚さず敵が死の罠にはまってもがき苦しんでいる所を見て喜ぶとは残酷にも劣る残忍!!
戦いの最低限のルール…それは戦士としての誇りです! ハドラーにはまだそれがあった!

と述べていたように、アバン先生的に敵だからこそわかるハドラーの美点が戦士としての誇りだった訳ですが、凍れる時間の秘法やアバンストラッシュで味わってきた理解不能なアバンの強さを恐れたハドラーは「削り」の戦略を選んでしまいました。
ところがこれは完全に裏目であり、
パプニカやサババやギュータからの増援が集結した事で、モンスター軍団は戦力的に相殺、入城を阻むことができず、
更には(本編読者は既に承知の通り)ここでアバンパーティは「全ての戦いを勇者のためにせよ」の戦略を選択するため、

結局アバンは殆どノーダメージでハドラーの玉座に辿り着いてしまう事になります。
ここでもしハドラーが迎撃に出る事ができていたら。
地底魔城攻略にブロキーナは参戦していないため、今回アバン側にはハドラーを単騎で抑えておけるような人材はいません。
つまり軍団同士の対決の中でハドラーはガンガディアとバルトスを連れて自由に暴れる事ができたわけです。
マトリフには世界観上最強の呪文であるメドローアがありますが、ハドラーにも勇者アバン環境では最強呪文のイオナズンがあり、彼はこれを連発する事ができますので、ガンガディアとバルトスにマトリフやロカへの対策を任せてイオナズンで戦力差を広げて…という立ち回りも見込めたはずですし*1
或いは効率プレイに徹するなら徹するで最悪でも地獄門の前でスタンバってればバルトスと組むことで2対1でアバンと戦えたのでそれはそれで勝てたはず。
結局玉座に引っ込んだのが最悪の選択だった感があり、怯えた立ち回りが己の首を絞める結果になっていますね。
既に本編での空回りの片鱗が見え始めている気がします。

アバンの強さ

なんだ…
なんなんだこいつは!

ハドラーをバグらせているのはアバンの見せた力ですが、これはただの力ではない強さだったからこそハドラーは動揺したのだと思われます。
大魔王バーンには「尽きる所を知らぬ覇気と強さのみを信じる心」と評されていた通り、魔王ハドラーの自信・プライドを裏打ちしているのはバーンにも通じる「自分が最強である」という確信であり、これを揺るがすものは二つ、
大魔王バーンや竜の騎士バランの持つ「単純にハドラーを上回る力」と、
勇者アバンの示した「ハドラーの理解できない力」であり、
ハドラーはアバンを理解できないからこそ恐れているのでしょう。
今までどんな人間もより自分の力で攻撃すれば倒せたし、どんな人間も魔王の力の前に恐れ絶望しながら死んでいったのに、アバンは立ち向かい、最期の瞬間にも笑っていた。それが理解できない。
まあ平たく言えば呑まれてるんですね。
この後ハドラーは敗死するわけですが、本編での復活後の凋落もこれらの精神的ダメージが響いている感じはあります。
そしてまたその力の正体がずっとわからず、その力に翻弄され、その力を追い続けた結果超魔ハドラーの最期に至るのでしょう。
(なお、アバンに対してハドラーは動揺しましたが、実際これは魔族的にはマジ意味不明の価値観らしく、
 バーンもアバンは敬遠していましたし、クロコダインなんかはその輝きによって正義の使徒入りしています)

ハドラー的には闇討ちは卑怯なのに決闘で魔物の軍勢使うのは卑怯じゃないの?

ザボエラの件を考えると魔族的にも闇討ちはアウトっぽいのですが、
一方で、ハドラーは「魔王軍」として数で囲む事はあまり問題視していません。*2
これはどういうことなのか微妙に気になったのですが、「強敵とのタイマン」には拘る所を考えると、「強い相手よりも更に強い俺」という部分が重要なのではないかなと思われます。
クロコダインが人質戦法に拒否感を示していたように、「盤外戦術で相手の強さを発揮させない」のは卑怯ですが、「数をぶつける」のは親衛騎団の言う所の「ふるい」であり、数をも乗り越える相手を選りすぐって、それを倒す事で強さを証明するのは魔族らしい立ち回りなのでしょう。多分「数で潰されるような相手とは戦う価値無し」みたいなところもある。
あと冷静に考えると魔物の軍勢の大半はハドラーが邪気で配下にしているので、ハドラー的に自分の能力の内みたいな所もあるのかもしれません。
ガンガディアが魔物の軍勢とマトリフを囲んでたのは実質ハドラーのバフを受けながら戦ってるようなもの…なのかも。

氷炎結界呪法はフレイザードが卑怯上等だからやっただけではって?あれはデバフ術だからいいんだよ。ミナカトールだって似たようなもんだろ。

ところでアバンもイオナズン対策ないよね?

ハドラーは完成したアバンストラッシュに対しては防御しても多大なダメージを負う・完成したアバンストラッシュが最終的にハドラーに対して決定打となるのは知られている所ですが、実はアバンも魔王ハドラーの必殺技であるイオナズンを攻略する手段を特に持っていません。
イオナズンは基本的にはガー不で*3、海破斬で凌げる規模でもなく、パプニカでもサババでも回避するしかないと判断していました。(本編での描写によればアバンストラッシュをぶつけても相殺しつつお互いにダメージを受ける事になります)
まあパプニカではフローラ姫が、サババでは子供がそれぞれ射線上にいたため回避できず自分の身体を盾にしようとしたり、お供についていたレイラと力を合わせ障壁を作ってダメージを軽減したりしていましたが、

前者は死亡前提だったところをロカがカットしてくれてセーフ、後者は防御してなおほぼ戦闘不能となるダメージといった感じであり、直撃すれば間違いなく死亡するものと思われます。
もちろんハドラーとの決戦は地底魔城での1対1ですので、味方がいなければ「回避できない事情」は発生しないかもしれませんが、地形的に回避できない、規模的にそもそも回避できない*4と言った事は考えられ、こうなると両者はお互いに相手を倒せる手札を持っての刺し合いという事になりそうですね。
ヘルズクローは未実装なのかな…。

迎え撃つ!我が生命と…知性の全てを賭けて!


「生命と知性」をかけるのがガンガディアらしくて味わい深いシーンです。
扉絵の「魔王の右腕―――剛力と魔力を備えた強者」もめっちゃいい。

勇者共の闘志の方が異常

アバン側の攻勢の速さはアバン本人のメンタルもさることながら、
マトリフがハドラーとアバンの回収に成功した事、凍れる時の秘法に関する資料を持っており早期に解除方法を見つけられた事、それによって呪法の解除とは別の処理方法を考えたり、地底魔城を探したり、各所に根回しをしたりする時間的余裕を持てた事が大きいと考えられます。
この間ハドラー側というかガンガディア側は、
まず離脱している間にハドラーとアバンをマトリフに持っていかれてしまったためそれを探すところから始めねばならず、結局それが自力でできなかったためザボエラが助け舟を出してくれるまで足踏みする事になり、
さらに術が凍れる時の秘法であると調べるのに時間を食い、
その上で秘法を破る方法を探すもののこれも資料不足で結局ミストバーンの助力を得るまで足踏み…と、
全体的に後手に回っていたのが非常に響いている感じですね。
両者は一年以上封印されていたそうですから、そのまま下準備に一年の差があったという事になります。
この辺ガンガディアとマトリフの巧みさの差といいますか、マトリフが有能過ぎました。
元をただせばメドローアでのうっちゃりがあまりにきつかったですね。
撲殺を選んでいれば戦闘後余力のないブロキーナをガンガディアが倒してハドラー勝利エンドだったのでは…。

ヒュンケルとハドラー

ヒュンケルはハドラーを魔王様って呼んでたんですね。
  
そう思うと後の「何が魔軍司令だ」が違う意味に聞こえてきます。
まあヒュンケル的にハドラーを尊敬していたかというとさほどでもないと思うのですが(ハドラーの方がヒュンケルに興味が無さそうなので接点自体無さそう)、ハドラーは尊敬する父バルトスの創造主であり、ヒュンケルの暮らす地底魔城の王なので、「厳しい祖父」「一家の長」くらいには捉えていたと考えられます。
なのに、魔王としてあれだけ威張っていたのに、願いをかなえてもくれずあっさりと敗死し、それによって父であるバルトスは消滅*5、魔物たちも手勢として死んでいき、自分は一人ぼっちになって。
その癖ハドラーは後で自分だけ生き返り、魔王の肩書も捨ててのうのうと魔軍司令なんてやっている。
しかも高潔な父バルトスの後継として作られたフレイザードはいかにもなゲス…。
「何が魔軍司令だ、いずれ己の非力さを思い知らせてやるからな」と思うのも無理のない話です。
  
でもそのヒュンケルを育てたバルトスはハドラーの作った禁呪法生命だからヒュンケルはハドラーの孫みたいなものですし、
その精神性(多分武人気質成分)の元もハドラーだからヒュンケルの騎士道自体ハドラーに貰ったようなものではあるんですよね。*6
だからなおさら許せないのかもしれませんが。
地底魔城という家、魔王軍という家族、バルトスという父、バルトスの騎士道…これらはそれぞれハドラーの魔物を従える邪気と、生命を創造する禁呪法と、禁呪法で反映された精神性とに由来し、
要は全部ハドラーがくれたものなわけですが、ハドラーが負けたせいで全部失われてしまった。
そしてハドラー本人は知らぬ顔で宗旨替え…。

案外ヒュンケルのハドラーへのヘイトはただの復讐心ではなく、家族としての裏切りを糾弾するものであり、ヒュンケルとハドラーの対決は父殺しの文脈だったのかもしれません。
実際一度決着がついて以降のヒュンケルは「武人として成長したという噂は嘘だったのか?」と問うたり、ダイとの戦いを「二人の戦い」「男同士の戦い」と尊重する姿勢を見せたりとハドラーに対してある程度丸くなっています。
初期ヒュンケルはハドラーに対しては嫌味と煽りしか向けておらず、「質問」するといった「コミュニケーション」を取る事は無い
「いかにパワーアップしたとはいえ以前のハドラーでは考えられない」という述懐もハドラーをよく知っていればのものです。

ヒュンケルと地底魔城

後にヒュンケルは地底魔城を与えられ、

祖父王ハドラーの玉座に座り、最後には親父の弟であるフレイザードに実家ごと爆破されるわけですが、
(あとしぶとく生き残りハドラーを倒したりもします)(しぶとすぎだろアイツ)
この辺もメチャ因果でいいですよね。
地底魔城と地底魔城の活気は取り戻したけど、それはもう自分の家族の暮らす実家としての地底魔城ではなく、その家族の誰もいない地底魔城で玉座に座っているの空しすぎてやばい。
バーン様こういうの好きそう。

…というか冷静に考えると
魔王ハドラーの禁呪法生命体にして最強の騎士バルトスを父に持ち、魔王ハドラーを倒した勇者アバンを光の師、大魔王バーンの従えるミストバーンを闇の師とし、名工ロンベルクの鎧の魔剣を纏うヒュンケルって何?オリ主か???

*1:そもそも乱戦の状況であればハドラーは犠牲を厭わずイオナズンを撃てるのに対してマトリフは恐らくベタンやメドローアを使えないだろうというのもある

*2:「決闘」に際して魔王軍として魔物の軍勢を引き連れて3人のアバンパーティと戦うとか、大魔王軍として全軍で4人そこそこのアバンの使徒を罠にかけるみたいな行為は普通にやるし特に指摘も入らない

*3:本編だと極大呪文は鎧の魔剣やドラゴニックオーラでガードでできていましたが、アバンにはどちらもありません

*4:パプニカでは回避「できる」ような感じでしたがサババでは爆心部から「少しでも離れる」事しか手はないとのコメント

*5:まあ厳密にはハドラーの敗北が直接バルトスの消滅に繋がったわけではないのですが

*6:初期のバルトスの解説だと死体をベースに作ったアンデッドだから生前由来の騎士道を持っている…という感じでしたが、ハドラーが封印されたあたりで「禁呪法で作られた」という設定が確定した感じなので微妙な所ではありますが…